ゆめ、うつつ。そんな私たち。 1
沢山の夢に少しだけある現実。
それを感じることは、ひどく少ないけれど、だからこそひどく価値のあるものなのだ。そうして、それを囲みながら夢があって、きっとどうにか保たれているのだ。
* * *
ぼんやりとした五十鈴の目に映るのは、葉っぱ。少しだけ黄色い。
もう秋なのだな、とため息をついて、足を止めた。葉の黄色が、月を思い出させ、五十鈴は空を仰ぐ。空には欠けはじめた月。
散歩したいなぁ。あんまりにも、そう思うことが多いから、散歩は日課のようになってしまっている。五十鈴は、夜道を気の向くままに歩いていた。
夜だから長袖一枚では少し肌寒い。調度、道の先に見える月を見ながら、まっすぐに坂道を登る。月に向かうように。
歩き続ければ、月に近づけるのではないだろうか。月はそんな風に感じさせるのに、変わらず五十鈴の先にいる。自分とは同じ距離を保って進み続けているから、今見えているのは、月の背中なのかもしれない。五十鈴はふと、そんなことを考えて笑った。
そしてまたゆっくりと歩く。
息を吸い込む。そしてはき出す。それに合わせて胸が動く。
その一つ一つがなんだか不自然に意識される。
普段は自然にしていることなのに、どうしてかできない。息苦しさを感じて、五十鈴はしゃがみ込んだ。
誰もいない道路の真ん中。
真夜中というわけでもないのに、車も通らない。電灯の光も、今五十鈴がいる場所には殆ど届かない。
そんななか、五十鈴は目を閉じる。
息を吸う、吐く。その音だけが聞こえる。真っ暗な視界のなか、その音も小さく、小さくしていく。
夜の空気と同化できそうな感覚。五十鈴はそれが好きだ。
そうすればいつの間にか、息苦しさもなくなっていて、五十鈴は、柔く笑みを浮かべた。
自分だけの穏やかな夜。
けれど、次の瞬間その静寂は破られた。
ちりん、ちりん。
どこからか可愛らしいベルの音が、五十鈴の耳に入り込んでくる。
五十鈴は目を開け、立ち上がった。
月の方向から向かってくる自転車が、目に入る。坂道を下ってくるからか、自転車のライトは少しまぶしいくらいに明るい。
せっかくの気分を台無しにされて、五十鈴はため息をつきながら、道路の端による。
ふと、自転車に乗る人が、小さく歌を口ずさんでいることに五十鈴は気付いた。きれいな声とメロディーが聞こえて、何だか月に似合っているように思った。
暗い道ですれ違う瞬間、見たのは闇に溶けてしまいそうに黒い、長い髪と、セーラー服だった。
思わず、五十鈴はその場に立ちすくむ。
しばらくして、家に帰ってからも、五十鈴の頭の中から、その少女の姿は消えてくれなかった。
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プロローグのようなもの。
この話は、ちょっと長めになります。
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