つかまえて。


 あ、見られている。
 黒板から目を離し、ノートをとる手を止める。
 どこからか向けられている視線に、私の肌は敏感に反応した。何となくだが、分かる。
 けれどそれは睨むようなものではない。いつものことながら、そのことに安堵し、黒板に視線を戻す。そうやって授業に集中していれば、いつの間にか時間は過ぎ、終了のチャイムが鳴っていた。

 終わったのは、本日最後の授業だ。ノートと教科書は閉じて、シャープペンはペンケースにいれていると、前の席に座っている明日奈がくるりとこちらを向いた。

「今のノートとれた?」
「え、まあ一応……」

 彼女の言葉に返事をする。彼女の目が輝くのが分かって、私は肩をすくめた。思えば、授業中もずっと船をこいでいたようだった。

「よし! じゃあ見せて。明日には返すから」

 そう言う彼女に、はいはい、と言って、ノートを手渡す。
 ガッツポーズをとる彼女に、苦笑してしまう。

「でも、いつもいつも世界史の授業寝てて、大丈夫なの? 試験だって1月後だよ?」 
「大丈夫! 私には優秀な見方がいますから!」

 そう言ってキラキラした目をして、私を見つめてくる明日菜。

「もう! 私ばっかり当てにして、どうなっても知らないからね」

 そんなことを言いながら、怒って、けれどすぐに笑ってみせる。
 明日菜はそれでも、お願いします、と言うとすぐに、部活動のために動き出した。そうして鞄にものを詰め込んだ後、意気揚々と私に手を振って、教室から出て行く。

 なんだかなぁ。
 そう思いながら、私も手を動かす。鞄に教科書とノートをきれいに並べて入れる。筆箱と辞書も。

 てきぱきと片づけていく。ただ、視線は肌に感じたままだった。
 思えば、1月ほど前から感じるようになった視線だった。
 最初は睨んでいるのかとも思った。自分は女子に敵を作りやすく、目立つ容姿をしているのは分かっている。
 そのため、人の視線には敏感になった。
 けれど、この視線は、そういうものとは違う。どちらかと言えば、

(好意を持たれている……?)

 そのように感じていた。
 そして、その視線の主も、大体は分かっている。
 1月も見られ続ければ、分かってきてしまう。

 早瀬このみ。クラスメートの女の子だ。

 可愛らしい容姿に、おどおどした目。けれど、その瞳はきれいで、汚れないものにも思えて。
 私にとって、彼女の印象とはそういうものだった。だから、そんな彼女が自分のことを見ているなど、驚いた。
 自分はきっと、彼女より汚れた存在なのだろうと、漠然と思っていたから。彼女がそう思わせるような人物だったから。

 整理し終わった鞄を持って、私は立ち上がった。もう外が暗くなっているためか、殆ど人が残っていない教室内を目の端に捕らえながら、歩く。
 向かうのは彼女、早瀬さんの席。

「ね、早瀬さん、もう変える準備終わってる?」

 なんの脈絡もなく、問いかければ、彼女は顔を赤くして頷いた。

「じゃ、一緒に帰らない?」
「うん」

 そう言って、また顔を赤らめる彼女。
 なんだかますますきれいに見えて、私はくすりと笑った。


     *   *   *


 廊下を歩きながら、早瀬さんに話し掛ける。

「最近、私のことずっと見ていない?」

 それはもう、直球の問いを。
 その瞬間、音がしそうなくらいの速さで、彼女はうつむいていた顔を上げた。
 薄暗い廊下でもしっかりと見える、彼女の目。
 きれいだった。

 きれいできれいで、汚してしまいたいと思うほどに。
 思わず欲しくなってしまうほどに。
 だから。

「あの、それは……」

 耳まで赤く染めながら、しどろもどろに話そうとする早瀬さん。
 けれど私は返事を待たず、続けた。

「ね、早瀬さん」
「はい!」

 勢いよく返事をする彼女に、クスクスと笑いながら、私は告げる。

「私が欲しいなら、まずあなたを……」

 そして。
 私は目を見開いた彼女の唇に、自分のそれを重ねた。


 きれいなものが好きだから。
 あなたが欲しかったの。





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あとがき。

突発SS。すみません、つい思いついて書いてしまったんです。
とりあえず、謝っておきます(汗)