かわいい ひと 3 〜まぶしい想い〜
「ああ、やっぱり聞くなんてできないわ」
歩きながら、私は一人ごちた。というのも、その聞きたいことというのが涙のわけだからだ。泣くだなんて、きっと簡単な理由ではない。
人に話すのは勇気がいることではないのだろうか。ましてや私は、彼女との付き合いもそう長いわけではなく。
はぁ。ため息をつきながら、駅から学校までの道のりを歩いていた。
「一条さん!」
その声に、私は体をびくりと震えさせた。
私に声をかけてきたのは、今まさに考えの中にあった人で。私は平静を装いながら、彼女に振り向く。
少し駆けてきたのだろう彼女は、何となく頬が赤い。それがかわいくて、私は笑みを漏らす。彼女と知り合って、しばらく経つが、こんなとき、私は彼女のことを誤解していたみたいだな、としみじみ思う。
彼女は背が高くて、どちらかというときれいな顔立ちで、髪も短くて。きっとりりしい人なのだろう、と思っていた。けれど、話してみれば、そんなこともなくて、むしろそのギャップがひどくかわいい人だということがわかった。
「おはよう、伊藤さん」
「おはよう、一条さん」
まずは挨拶を交わしあい、並んで歩いていく。伊藤さんは鞄から本を一冊取り出すと、はい、と私に差し出した。
あ、と思う。私が二日前に貸した本だった。
「もう読んでくれたの? 嬉しいわ」
「うん、すごく面白かった。私はあまりSFみたいなのって読まないんだけど、すぐ読めちゃったし……」
「本当? 良かったわ。でもごめんなさい、SFあまり読まないなんて知らなくって、そのまま貸しちゃって……」
「ううん、むしろ感謝だよ。新しい世界を知ったっていう気がする。ありがとう」
受け取った本を鞄に戻しながら、そんなことを話す。本の話をするのは、本当に楽しくて、自然と笑顔になる。それに彼女は絶対に読書家の資質がある、と私のどこかが告げていた。
「じゃあ、またお薦めの本持ってくるわ。次はどんなのにしようかしら……」
「あ、じゃあ、今度はファンタジーにしてくれないかな? 私、ファンタジーが好きで……」
「いいわ、じゃあ、次はファンタジーを持ってくるわね」
私も、普段よりもきっと饒舌だろう。
彼女に笑顔を向けると、彼女ははっとしたような顔をした。首を傾げていると、彼女は手を振って、何でもないよ、と言った。私はまたもや首を傾げるが、もう私のクラスも近い。
その場で、じゃあまたね、と別れた。彼女がなぜあんな顔をしたのか気になったけれど、また後で聞けばいいかしら、と思った。
そうして授業中は、また思案にふける。
ファンタジー、か。
どんな本にしようか、迷ってしまう。
私は窓から見える空に視線を向けながら、頬杖をついていた。頭の中では、家の本棚の一斉検索にかかる。
今は英語の時間。私の得意分野であるし、考え事も何だか楽にできるような気がした。 もちろんノートはしっかりととっているし、特に問題もないだろう。
ともかくも、私は本棚をひっくり返すのに、内心必死だった。
***
だから忘れていたのだと思う。
この男の子の存在を。そういえば、昨日は少し考えていたけれど、結局伊藤さんの涙の方が気になって仕方なくなってしまったような気がする。
「あの、一条先輩……ご、ご迷惑でなければ……」
そう告げる男の子はつい二日前、同じように話し掛けてきた人物だった。久保くん、といったはずだ。けれど、私は多分この人のことを好きにはならない、とどうしてか確信があった。だから断らなくては、と思う。
「あの……ご」
「どうしても駄目ですか?」
謝罪の言葉を口にしようとしたとき、久保くんは遮るようにして言い、私を見つめた。何だか子犬のような眼。
私はなぜだか断れなくなってしまった。
「ええと……、どうしても駄目、とかではないのだけれど……」
私の口からは、曖昧な言葉しか出てこない。
すると彼も目を輝かせる。
「じゃあ、良いですよね?」
私はその勢いに、何だか負けたな、と思ってしまった。
本当は良くないのだろうけれど、期待を持たせてしまうようなこと。けれど私に好きな人がいないのも事実で、明確な理由で断ることも、なかなかできそうになくて。
何だか彼はひどくまぶしくて、私にははねのけられそうにないな、と思ってしまったのだ。
「ええ……じゃあ、駅まで」
そう言ってしまった。
後で自己嫌悪することなど分かっていても。
風は、だんだんと冷たくなろうとしていた。
好きなんて、知らない。分からない。
けれどどうしてか巻き込まれていく自分が、ひどくちっぽけだと思った。
その想いを持っている人が、ひどく羨ましかった。
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ああ、短い……。
しかも何だかなぁ。
こ、これからだ。がんばれ私ー。えと、すみませんこんなので(汗)