かわいい ひと 2 〜白い花〜
やはり、あのとき感じたものは正しかったらしい。
私と彼女は、それから少しずつ仲良くなった。出会ってから数週間経った今では、私たちは仲が良いらしい、とくらいはみんなに思われているようだった。
最も、彼女が初めて、私を訪ねてクラスに来てくれたときは、周りの誰もが驚いたようだったけれど、しばらくすればそんなこともなくなった。
「伊藤さん」
彼女の名前を呼ぶことも、珍しくなくなった。
彼女のいる隣のクラス。扉の前から私は彼女の背中に声をかける。この数週間で、白い夏服から黒い間服に替わったけれど彼女のすらりとした美しさは同じだな、と思う。
「あ、一条さん。どうかした?」
呼べば、彼女も反応してくれる。私のそばまで来ると、少し私を見下ろすような形になったけれど、気にせずに笑いかけてくれるのが嬉しかった。
「ああ、別に特に用事と言ったわけではないのだけれど……」
そう言いながら、私は鞄の仲を探った。
黒い指定鞄。そこから取り出したのは、一冊の本だった。
はい、と差し出すと、彼女は驚いたような顔をする。
「持ってきてくれたんだ、ありがとう」
そう言って、ふんわりと笑う。
私はこれを見るのが、多分何よりも好きで、色々してしまうのだなぁ、と不意に思った。
「いえ、いいの。私もおすすめしたかったし。また感想聞かせてくれる?」
「うん、もちろんだよ」
そうしてたわいない話をして、別れる。そんな授業休み。
私も自分のクラスに戻り、席に着く。
授業はじめのチャイムを尻目に、思えば彼女と話をするのは楽しいものだな、などと考える。
話すのは本のこと、映画のこと。
他の女の子みたいに、恋愛ごとで騒いだりしない彼女が、好ましかった。
そこまで考えてはっとする。
授業中に何を考えているのだろう、と。
前を向けば黒板に、先生が数式を書いている。長く長く、それは続いていた。
はぁ、と私はため息をつく。
数学は苦手だ。英語とか、国語ならば得意なのだけれど。
それでもノートにとりあえず書き写し、黒板を見続ける。ぼうっとしていると、黒板横の台に置かれた花瓶に目がいった。
白い花。
なぜだか、それを見たとき、胸が苦しくなった。
***
「あの……」
帰ろうと、校門を出たところで、後ろから声がかかった。
「はい?」
振り向けば、そこにいたのはこの前の男の子。
気付かなかったけれど、この緊張の仕方から見て、もしかしたら一つ下なのかもしれない、と思い至った。
「なに……?」
首を傾げると、彼は真剣に私を見て、
「一緒に帰りませんか?」
と告げた。
私は困惑する。
ちょっと困ったことになったかしら、と心の中で一人ごちた。
「ええ……と、あの……」
本当は断ってしまいたい、けれど。どうしたものか、と思案する。彼はじっと私のことを見ている。
しばらく迷ったあげく、私は戸惑いながらも、了承した。
手を繋いで歩くわけでもなく、並んで歩くくらいならば、周りから誤解されることもないだろう。
「……良いわ。けれど私、電車なの。大丈夫かしら」
はい、と男の子は元気よく頷いて、私の隣に歩きより、共に足を進める。二人の間には距離が空いているし、まあ、このくらいならば、と私も思う。
私と彼の間に会話はなくて、ただ、歩き始めてすぐに、自己紹介だけはしあった。
彼はやはり一つ下の一年生で、久保和久といいます、とはにかみながら言った。
そういえば、そんな名前だったかしら、と以前告白されたときのことを思い出す。
私は、彼の無邪気な様子に、まるで弟ができたみたいだ、などと思いながら、一条美咲よ、と少し微笑んだ。
駅までの道のりを、私たちは会話もなく歩いていて、私は次第にぼんやりと暗くなってゆく気色を、ただ見つめていた。
次第に駅に近づき、私たちは互いにさようなら、と言って別れた。
電車に揺られて、次の駅について、人が出て行き、また新しい人たちが乗り込んでくる。それを幾度か繰り返す。
しばらくすると、人もまばらになり、電車の中が見渡せるようになっていた。首を巡らせて、ふと、私の目は一点で止まった。
白い花。
なんて純粋な色なんだろう。
伊藤さんの涙を思い出して、そう言えばまだ聞けていないな、と思った。
彼女の涙の理由。
あのきれいな水のつぶの理由が知りたかった。
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第二話ー。
やっぱり進まない。ええい、ままよ、というような気分で書いています。はは……。
そして短いです。すみません。