かわいい ひと 1 〜きれいな涙〜
それは、仮想的で。けれどどんな思いよりも強く。恋、だった。
恋でしかなかった。
だって、そうでないならどうしてこんなに苦しいだろう。どうしてこんなに切ないだろう。
泣いているあなたを見て、かわいいと思った。
それが、はじまり。
***
目の前には、顔を真っ赤に染めた男の子。
私と二人。いるのは、学校の裏手、人目につかない場所。
空は澄んでいて、絶好の告白日和、といったところだろうか。
「あの……?」
私がきょとり、と首を傾げると、彼は赤い顔をさらに赤くしてうつむいた。面白い、なんて思っては駄目なのだろうけれど、少し笑いそうになって、慌てて抑える。
「えと、来てくれてありがとうございます」
彼は、やっと口を開いた。少し挙動不審だけれど、仕方ないことだろう。
それで、えっと……。
そんな言葉を続ける彼を目の端に捕らえながらも、辺りに目を向ける。こんなことは、私にとっては珍しいことではなくて、戸惑うことはあっても、それを表に出さないように、落ち着いていることならできる。
彼の後ろ、奥の方で、何かが動いたのが見えて苦笑する。誰か、物好きがいるようだ、と。
そう思ったのもつかの間、男の子は顔を勢いよく上げた。
「あの!」
彼の顔が緊張しているのが分かる。くるな、と私は思った。
「はい」
私が相づちを打つと、彼は引き結んでいた口元を、開けて。
「好きです!」
彼は、そう言って、私を見つめた。返事を待っているのが分かる。けれど、私の返事はいつもいつも決まっていた。申し訳ないけれど、期待に応えることはできないのだ。
「ごめんなさい」
いつもの通り、謝罪の言葉を告げ、その場を去ろうとする。うなだれた彼の隣を通り過ぎようとした時、彼が絞り出したような声を出した。
「あの、好きな人がいるんですか?」
私は少し目を見開く。今まで幾度となくこのような場面を経てきたが、こんな質問は初めてのことだった。
……好きな人?
そう心の中で呟くけれど、ぴんと来る人などいなくて。
「……いえ、いないけれど」
そう答えた瞬間、彼の顔がこちらを向き、明るくなるのが分かった。そうして彼は、嬉々として私に話し掛ける。
「じゃあ、まだ諦めなくても良いんですね?」
「あの……?」
戸惑う私に気付いていないのか、彼はあきらめませんから! とだけ告げて、その場を去っていった。
何だったのだろう。
そう首を傾げながら、私もその場を後にしようとした。
けれど。
近くの茂みが、がさり、とまた揺れて、私はその場をのぞき込んだ。
「あなた、どうしたの?」
思わず声をかけてしまう。
そこにいたのは、髪の黒くて短い、すらりとした女の子。
それだけならば、別段驚くこともないだろう。けれど彼女の頬には涙が伝っていた。その涙があまりにもきれいで、目を奪われる。
透明で、純粋な。
そんな気がした。
「いえ、何でもないので……」
彼女の口が、言葉を発し、私は意識を戻す。私の視線を避けるようにして涙に濡れた顔を隠す彼女は、目に見えるほどにうろたえていて。
そして、どこか悲しげな雰囲気を漂わせていて。
私はとっさに、彼女の手をつかんでいた。
「きて」
そう言いながら、彼女を立たせ、引っ張っていく。思った通り、彼女の方が、私よりも背が高いようだった。白い、夏の制服がまぶしい。
「え、あの……」
彼女の狼狽した声が聞こえるけれど、私は気にせずに彼女を連れて行く。
足を止めたのは、少し奥まったところにある水場。
「ほら、顔洗った方が良いわよ」
涙は止まったようだが、まだその後を顔に残す彼女に私は向き直る。少し見上げながら言い、ポケットから出したハンカチを差し出した。
「ありがとう」
彼女は呆然としていたようだが、差し出されたものと、私の顔を見ると、苦笑してハンカチをとった。
彼女は、蛇口をひねって水を出し、顔を洗った。そして私のハンカチで顔を拭う。
少し髪も濡れてしまったようだったが、ハンカチで水分を拭き取った彼女の顔は、どこかすっきりとしたように見えた。
そうして、申し訳なさそうに私に笑ってみせる。
「あの、このハンカチ、洗って返すからね。一条さん」
当然のように告げられた私の名前に、私は動揺する。どうして名前を知っているのだろう? と。
驚きが顔に出てしまったのか、彼女は笑った。
「だって、隣のクラスだし……それに、何だか目立つから……」
そう言って。
きれいに、きれいに。笑う。
私はまた、目を奪われて。
けれど、今度はすぐに自分を律して、笑いかけた。
「そうだったの」と。
そして付け加える。
「ハンカチは、いつでも良いわ」
「ありがとう」
また彼女からそんな言葉が返ってきて、微笑む。
何だか、仲良くなれそうな気がする。彼女とは。
そう思った。
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でもまだ一話目なので……ね、あんまりそれらしくはないですね。
そもそも私がじれったいのが好きだし、あんまり進まないかも(苦笑)いや、ゆりにするつもりですが。