注意!
このお話は、あんまりハッピーとは言えません。
そういうものが嫌な方は、どうぞおひきかえし下さい。
大丈夫な方は、スクロールどうぞ!
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色をあたえて 2
しばらくして、彼女と彼は、付き合いはじめた。
幸せそうな二人。
それは多分、並んで歩く二人が当たり前であるのと同じように、あるべき姿だった。
私が彼女の傍にいるためには、それを認めるしかなかったから、良かったね、と笑った。私は、想いを自覚してからは、驚くほど普通にしていられたため、彼女にはきっと、怪しまれていないはずだ。
気付かれてしまうのも怖い、大切な想いだから、表には絶対に出さないと、誓った。
ただ、彼に対してはどうしても以前より冷たくなってしまう自分がいて、その度に、不審そうな目を向けられていた。気付かれては駄目なのに、感情が出てしまう。嫉妬してしまう。
彼女とは、一緒に学校へ行く。けれど別々に帰る。彼女は彼と一緒に帰るから。いくら私がそれを嫌だと思ったとしても、私が二人の間を入っていくことなんてできないから。
けれど、今日は学校へ行くのも一人だった。もちろん、いま現在の帰り道も。
彼女は昨日から、風邪を引いて寝込んでいる。今日は彼女のことばかり考えていて、勉強どころではなかった気がする、と思わず苦笑した。
今日は学校からの連絡物もないため、お見舞いに行かないでおこうか、と帰り道を歩きながら考える。
それに、昨日は彼に会わなかったけれど、今日は会うかもしれない。
彼に会いたくない。
どうしてもきっと、普通でいられないから。
気がつけば、彼女の家の前に来ていた。今日は来るつもりではなかったのに。それでも来てしまったことで、勝手に足が動き出す。
結局は彼女に会いたいのだ。
昔から、彼女がいないと調子が狂って仕方がなかったことを思い出しながら、玄関のチャイムを押した。
はーい、という声と共にドアを開ける彼女の母。私を見た途端、笑顔になった。
「今日も来てくれたのね」
「はい。夕起、大丈夫ですか?」
「ええ。熱も下がったし……。あ、今日は、隆ちゃんも来てるのよ」
やっぱり、来なければ良かった。聞いて後悔したけれど、今更帰るのも変だろう、と思い、彼女の部屋に上がらせてもらった。
ドアを開ければ、彼の座っている姿が見えて、お腹のなかで粘つくものが活性化する。
「亜湖ちゃんもお見舞い?」
「うん、昨日も来たけど、気になっちゃって。夕起、大丈夫なの? 熱は下がったって聞いたけど」
部屋に入りながら聞くと、彼から答えが返ってくる。
「大丈夫、今は寝てるけど」
それを聞いて、ベッドの脇にしゃがみ、彼女の顔をのぞき込む。
顔色の良い彼女が眠っていて、ほっとした。彼女の額に私の手をのせる。ひんやりとした私の手には暖かいけれど、熱いと感じることはない。思わず、頬がゆるむ。
次に頬に手を添えると、視界の端で彼が身じろぎした。彼女は動かず、安らかな寝顔を見せている。
「なに?」
目を遣れば、彼は私にはよくわからない複雑な表情をしていた。けれどその目は、何もかもを見通しているみたいで、怖くなる。
私は彼女の頬から手を離して、その手を握りしめる。
大丈夫だ。どうしようもないことだけれど、私は男ではない。私の想いが、誰かに漏れることなど、絶対にない。
「なんでもないけど……」
そう彼が呟いて、私は胸をなで下ろす。
でも、と彼は続ける。
「本当に仲が良いよね、二人は。昔から全然変わらない」
夕起を見ながら、微笑んで言う彼に、私はどうしようもなく苛立った。
変わらないけど、変わってしまったのに。
その原因になった人が一体何を言うというのだろう。
私は彼を思いきり睨み付けた。抑えていた感情がものが、ついに体の外に出てきてしまった。
そんな私に、彼が驚いているようだった。
「私、あなたが嫌い」
睨み据えて、そう、口に出した。
そうして、何かが起こってしまうかもしれないし、起こらないかもしれない。
それは不安だったけれど、どうしても我慢できなかったのだ。
私はその後、すぐに立ち上がり、彼女の家を後にした。
沈丁花の甘い香りが、どこまでもまとわりついてくる気がして、憎らしかった。
日が沈んだ頃、彼は私の家の前に立っていた。
彼を見た途端、あのときの怒りが戻ってきて、私は彼を無視して家に入ろうとした。
「待って」
腕を捕まれて私は、彼を見た。
「何?」
私が問うと、彼は家と私の間に入り込むようにして、動く。
彼は予想以上に真剣な表情をしていて、怖くなる。もしかしたら恐れていた何か、が起こってしまったのかもしれない、と。
「どうしても、聞きたいことがあったんだ」
そして多分それは、もしかしてではない。心臓が、どくり、と鳴りはじめる。
怖い。
だって、あれは誰にも知られてはならない想いだ。絶対に気付かれてはならない想いだ。
私の様子など、気にしないように、彼は口にする。
「亜湖ちゃん、もしかして、夕起……」
おそるおそるといった彼の口調。私はその言葉の後に続くものを予想してしまって、思わず耳をふさいだ。
「言わないで! 言ったら、隆ちゃんとはいえ、許さない!」
そう叫んで走り出す。
後ろからは追いかけてくる足音が響き、私を焦らせる。捕まってはいけないと。
脇目もふらず走り、走り。じわりと目にたまっていく涙を拭いながら、私はとにかく逃げた。
隆ちゃんから。私のずるさから。
聞こえる。彼の声が、私の名を呼んでいる。何度も何度も、焦ったように。
そしてその瞬間。
聞いたことがないような激しい音と、悲鳴のような声が、どこかからあがった。
私のものでも、彼のものでもない声。
「亜湖ちゃん!」
彼の声がまた響いて、なにかをつんざくような音にかき消された。
その途端に、私の名を呼ぶものはなくなって、安堵すると共に、妙な動悸が私を襲った。なにかをしなくてはならないと、急かす。足が止まる。
振り向け。
どこかからそう聞こえた気がして、私の体はその指示通りにふらりと動いた。そうして、集まりつつある人々の隙間から見える光景が信じられなくて、またふらりふらりと体が動き出す。一歩一歩足を進め、あるところで私は体から力が抜けるのを感じた。
ぺたりとその場に座り込むと、ぬるりとしたものが右手に触れる。目の前に手を持ってきて見てみると、それは赤かった。
あれは車。今私の手についているものは血。けれどこれはなんだろう。気付けばそこにあった倒れたもの。なんだろう。
目に入ったものが自然と頭の中で、物事として飲み込まれていく。
一つだけわからないものがあって、私は首を傾げた。
なんだろう。
それは黒色と赤色でできていた。
私が見たのは、白い壁だった。天井。
色なんてついていない、ただの真っ白い天井。ただ、自分の部屋のものではないから驚いた。
瞬きを繰り返していると、ドアが開いたので、そちらに目を遣る。
途端に母が飛んできて、私の顔をのぞき込む。
大丈夫、と心配そうに繰り返し聞かれて、私はそのたびにこくり、こくりと頷いた。きっとここは病院なのだろう、と機能しはじめた頭で考える。
何故病院にいるのだろう。
最後に見たのは、赤と黒のものだったのに。
その理由を考えようとしたときに、私はふと、わかってしまった。
あの、倒れていたものは、彼だ。
あの色は、彼の色だ。
その途端に、体が震え出すのがわかる。
「隆ちゃんは……?」
口に出す。
母の体がこわばる。
私は、彼がどうなったのか、それだけでわかってしまった。彼はきっと、もういないのだ。
そう考えてひどく悲しい気持ちになり、涙が出た。けれど、涙を流したまま私は、次に当たり前のように彼女のことを思う。
「夕起は……?」
「……倒れてしまったわ」
尋ねると、そんな言葉が返ってきて、私はうろたえた。
聞けば、彼女も私が今いる病院にいるらしい。私が気にしているのを見てか、すぐに母が、彼女の病室まで連れて行ってくれた。
その病室にいる、彼女はただ眠っているだけに見えて、安心した。
けれど彼女は、その時からまるで死んだように、眠っている。
眠ったまま、目を覚まさない。
私のせいではないと、大人の誰もが言う。事故だった、と。
けれど、そう思えるはずがない。あれは私のせいだ。少なくとも、私の彼女への想いが、彼を死なせたのだと。
それが彼女を失わせようとしているのだと。
そう考えて、気持ち悪くなる。
私は怪我もなく、すぐに日常生活に戻ることができた。彼の葬儀には出られなかったけれど、本当に何事もなかったように。
けれど、彼女がいない生活など、意味がないも同然のことだった。
私は平日は放課後、日曜は昼食後、毎日彼女のもとを訪れた。いつか目を覚ますことを信じて、ずっと。
時間が過ぎて、彼女が細くなっても、ずっと。
けれどもう無理かもしれないな、と思い苦笑する。待つのは疲れたし、何よりも彼女がいない生活が、苦しすぎる。
色のない世界は、怖い。
色づけるのは彼女で、彼女には彼が必要で。
でも彼はもういない。彼女の唯一はもういない。
彼を亡くしてしまったのは私のせい。
彼女がいないのも結局は私のせいなのだろう。
粘ついたものは、さらさらとしたものになり、けれどその代わりに、私のなかをぐるぐると暴れ回る。体全体がそれに攻撃されて、鈍くしか動かない。
私はもう、耐えられない。
*
「私はあなたの王子様にはなれないから」
この部屋に来ると最近、呟いてしまうその言葉。
王子様、なんて馬鹿馬鹿しい考えだけれど、現に彼女にとって彼はそんな存在なのだろう。
けれどそんなことはもう良いかな、と苦笑する。
すべてを、今日で最後にしようと思った。
彼女を待ち続けることも、想うことも、彼を悲しむことも。みんな。
彼女の頬に手を添える。
私はそのままかがんで、彼女に口づけた。
私の涙があふれて、彼女の頬に落ちる。
腕には刃物のあと。
流れるものが、彼女の頬を少しぬらす。
体を巡っている血が、少しずつ、少しずつ、その巡りから離されていく。体温と共に、体の外に出ていく。
白いシーツが、赤く染まっていく。
私はそれを見て、不思議に思う。
この部屋は、どんなものを持ち込んでも、色づくことはなかったのに、この赤い液体には、染める力がある。
「夕起」
名を、呼ぶ。
ぽたり、となにかが滴る音がした。
その瞬間、病室は、色づいたのだ。
赤く、赤く――。
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長い……一応、二つに分けてみたり。
一つだと長すぎる……。
そして、バッド? かもしれない。
いや、これが書きたかったんだけれど、どうなんだろう……。